2026/02/22
天台宗 寺院 御朱印
令和8年(2026年)2月22日(日)、神奈川県平塚市土屋にある 和光山 妙圓寺(みょうえんじ) に参拝してきました。
近場で、どこか面白そうなお寺はないかと探していて見つけたのがこちらです。「土屋の銭洗い弁天」として地元で親しまれていて、境内には手掘りの洞窟があると知り、これは行ってみたいと思いました。
この日はよく晴れて、2月とは思えないほどの青空でした。
山門の前には狛犬が控えていて、お寺と弁天さまが一緒になった、ちょっと不思議な雰囲気です。
入口の近くに、環境庁と神奈川県による案内板がありました。
案内板によると、妙圓寺は 天台宗 和光山 妙円寺 と号します。江戸時代の初めに、村の名主の祖である水島五郎右衛門の母・妙円禅尼の帰依を受けて、名僧 舜堯(しゅんぎょう) が開いたお寺です。
境内の西側には、舜堯の修行場といわれる岩屋があります。その山の上には、文化元年(1804年)に村の大工・横山七良左衛門が再建した、欅(けやき)の一本造りの宝珠殿があるそうです。
近隣の人々に「土屋の銭洗い弁天」と親しまれ、岩屋の中の銭洗い池で物と心を清め、願いごとの成就を願う道場である、と結ばれていました。
境内の案内図を見ると、本堂、丘の上の辯天堂、岩屋霊穴、稲荷宮などが、こぢんまりとした中にぎゅっと詰まっているのがわかります。
まずは本堂にお参りします。
本堂の中には、仏像がいくつかお祀りされていました。
本堂の横からは、朱色の幟がずらりと並ぶ小高い丘が見えます。丘の上にあるのが辯天堂、ふもとの白い鳥居の奥が岩屋霊穴です。
「土屋銭洗辯財天」と書かれた幟と朱の鳥居の間を抜けて、石段を上っていきます。
お堂には「宝珠殿」の扁額が掛かっていました。案内板にあった、文化元年に再建された宝珠殿がこのお堂なのだと思います。
辯天堂の案内板によると、このお堂は220年前に建てられたものです。ご本尊は8本の手を持ち、頭に宇賀神をのせた 八臂宇賀辯財天(はっぴうがべんざいてん)。そのまわりを毘沙門天・大黒天・十五童子が囲んでいるそうです。
参拝の作法も書かれていました。
お参りをしたあとは、お堂の 左から 回廊をぐるりと一周します。お堂のまわりを歩いて回る参拝は、ほかではあまり経験がなく、新鮮でした。
丘の上からは、本堂の大きな屋根を見下ろせます。
丘の途中には、稲荷宮もお祀りされています。
案内板によると、伏見稲荷大社で「お稲荷さん」として親しまれている宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)は、仏教では宇賀神と同じとされることがあります。宇賀神とのご縁から、ここでは稲荷明神をお祀りしているそうです。
そして稲荷宮の左側には、崖にぽっかりと開いた穴がありました。
キツネの巣穴でしょうか。お稲荷さんのすぐ横にあると、本当にお使いのキツネが出入りしていそうに見えてきます。
丘のふもとに戻り、いよいよ一番楽しみにしていた洞窟へ。白い鳥居と朱の橋の先が、岩屋霊穴の入口です。
入口の横には、参拝の手順と案内図がありました。
案内によると、岩屋霊穴は 400年前にお坊さんが手掘りしたといわれる、全長約50mの洞窟 です。洞窟は辯財天の体の中を表していて、中を巡る「胎内くぐり」をしてから銭洗いをするそうです。
参拝の手順はこうです。
真ん中にお祀りされているのは、体がとぐろを巻いた蛇で、頭が老人の 宇賀神 です。
岩をくりぬいた天井や壁には、ノミの跡が残っているように見えます。これを400年前に人の手で掘ったのかと思うと、圧倒されます。
もうひとつ驚いたのが、案内板の最後の一文です。洞窟の正面にある石灯籠と金属灯籠には、比叡山延暦寺で1200年間一度も消えていない「不滅の法灯」を分けていただいた灯り がともっているそうです。平塚の小さな洞窟の中で、比叡山とつながっているのは天台宗のお寺ならではです。
授与所の近くには、「洗い札」の案内がありました。
洗い札は、水につけても溶けない特別な紙でできたお札です。銭洗い池でお金と一緒に洗って、財布に入れておくとよいそうです。お札は1年間、または願いごとが叶ったら交換するとよい、とのことでした。
岩屋の入口には「土巳守(つちみまもり)」の案内もありました。12日に一度めぐってくる「己巳(つちのとみ)の日」は辯財天の力がさらに強まる日とされていて、令和8年は年6回の己巳の日に、色の違う土巳守が授与されるそうです。6色を集めるとさらに特別な土巳守がいただける、という集める楽しみもあります。
今回いちばん「おっ」と思ったのが、授与所でお香を見つけたことです。
以前、比叡山延暦寺でしか買えないと思っていたお香(寳珠香)が、ここ妙圓寺でも並んでいました。
比叡山の不滅の法灯を分けていただいているのと同じように、天台宗のお寺どうしのつながりを、思わぬところで感じました。
御朱印(書き置き)は2種類いただきました。どちらにも、炎に包まれた宝珠の朱印と、「天台宗 和光山 醫王院」の印が押されています。
中央に大きく「宇賀神王」。岩屋霊穴にお祀りされている、宇賀神の御朱印です。洞窟を巡ったあとにいただくと、ありがたみが増します。
こちらは辯天堂の辯財天の御朱印です。右上には灯籠の朱印が押されていて、比叡山の不滅の法灯にちなんだものだと思います。
妙圓寺では、時期ごとに特別な御朱印が授与されています。
その後、令和8年10月10日にも参拝して、特別御朱印をいただきました。
左側には「土屋銭洗辯財天」「妙圓寺」の墨書きと宝珠の朱印。右側には、とぐろを巻いた体に老人の顔をした 宇賀神 が、やさしいタッチで描かれています。下には「秘法 浴酒供(よくしゅく)」の文字がありました。
2月に岩屋霊穴の中でお参りした宇賀神が、そのまま御朱印になったようで、見た瞬間にうれしくなりました。季節を変えてまたお参りしたくなるお寺です。
妙圓寺は、大きな観光寺院ではありません。それでも、本堂、丘の上の辯天堂、稲荷宮、そして手掘りの岩屋霊穴と、こぢんまりとした境内に見どころがたくさん詰まっていました。
400年前に人の手で掘られた洞窟、220年前に建てられた辯天堂、そして比叡山から分けていただいた「不滅の法灯」。小さなお寺の中に、長い時間と、遠く比叡山とのつながりが重なっています。
近場で「面白そうなお寺」を探すと、こういう出会いがあるのが寺社めぐりの楽しさだと、あらためて感じました。
妙圓寺のあと、近くにある 造化神社 にもお参りしました。
御祭神の札には、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神 の三柱の名前がありました。天地のはじめに現れたとされる「造化三神」で、神社の名前もここから来ているのだと思います。
平塚市博物館の資料によると、造化神社は土屋の早田(わさだ)地区で、氏神としてお祀りされている神社だそうです。
※由緒は境内の案内板(環境庁・神奈川県、妙圓寺)を参考にしました。所在地とアクセスは神奈川新聞(カナロコ)の記事で確認しています。特別御朱印や土巳守の授与日は時期によって変わるので、参拝前にご確認ください。
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